稲尾も故障するまではかなりの強打者だった。
Inao-H


日本シリーズ初のサヨナラ本塁打で有名だが、1958年は4本塁打14打点。
9番打者だが、しばしば痛打を見舞った。
1963年までに限れば打率は2割を超えていた。
怪我をした64年は1回だけ打席に立って安打を打っている。

稲尾も元気な時は少なくとも下位打線の選手とそん色がなかったのだ。


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