tabatomoたばともデータ


2016年8月14日に豊田泰光氏が亡くなられました。2014年5月5日に取り上げましたのをそのまま上げています。ご冥福をお祈りします。

豊田泰光の投手別本塁打数を見てみます。
投手別成績(左から*印はシーズン10勝以上経験者、通算勝利数)
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土橋正幸から9本、梶本隆夫から8本放っている。
土橋からは1960年5月12日平和台球場での対東映戦、試合は西鉄先発田中喜八郎、東映先発久保田治の投げ合いで5回まで0行進。6回表に張本勲のタイムリー二塁打、J.ラドラの犠飛で2点を先制、その裏に豊田がソロ本塁打を放ち1点差。7回裏には玉造陽二のタイムリー安打で同点とし、その後両チーム2番手の西鉄・近藤光郎、東映土橋正幸が好投し延長戦へ、そして13回表二死満塁から安藤順三がタイムリー安打で2点を取り勝負あったかと思われたが、13回裏四球の花井悠、安打の高倉照幸を置いて豊田が土橋の初球を右翼席へ叩き込む値千金のサヨナラ3ラン本塁打、5対4での逆転勝利となった。
この試合トラブル続きで、西鉄の選手でこの試合の登録からもれている選手が出場していると東映側の抗議があって30分中断したり、二塁でのアウト・セーフの判定を巡って12分中断し興奮したファンがグラウンドに乱入、ふて寝する者まで現れる騒ぎとなった。

梶本からは1962年4月10日対阪急戦、1対3とリードされて迎えた5回裏代打河合保彦が同点2ラン本塁打を放ち、6回裏豊田が左中間へのソロ本塁打で勝ち越し。投げては7回途中からリリーフの3番手稲尾和久が最終回二死2,3塁まで詰め寄られたが、岡嶋博治を右飛に打ち取って逃げ切り4対3で勝利している。
なおこの日は西鉄がストライキ中にもかかわらず観衆発表5000人を集めたそうだが、毎日新聞ではこの経緯を「・・・スト中なのにゲームがやれたのは西鉄労組が平和台球場係だけはストからはずしたからだ。西鉄はかつて社会人野球時代にもスト中に都市対抗野球の予選にチームが出場したことがあり、労組幹部も野球となると非常に話がわかるらしい。」と記している。

1953~1959年の一覧は、こちらで
豊田泰光、全本塁打一覧(前編・1953~1959)

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