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2016年8月14日に豊田泰光氏が亡くなられました。2014年5月4日に取り上げたものに加筆して上げています。ご冥福をお祈りします。

豊田泰光の全本塁打一覧、引退までの本塁打を見てみます。
今回から何回かに分けて載せる、本数の多い選手は一覧から先に見ていただく事にしてみました。

1960年から69年まで。
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1964年4月8日神宮球場で行なわれた対広島戦、今にも雨が降り出しそうな天気で、観衆の発表も1500人とあまりの寂しさにお化けの出そうな雰囲気で始まった試合、1回表に山本一義のタイムリー三塁打で先制されるがその後国鉄先発金田正一は立ち直って得点を与えない。しかし国鉄打線が広島先発鵜狩道旺をあと一歩攻略できず0点が続き、途中あまりに暗いので照明も点灯されて迎えた9回表、長尾辰雄の犠飛(長尾が一軍で記録した唯一の打点)で勝負あったかに思われたが、9回裏二死満塁のチャンスで別部捷夫のタイムリー安打が飛び出し同点。そして10回裏トップの豊田が広島2番手弘瀬昌彦から左翼席へのサヨナラ本塁打で3対2と勝利し、暗い雰囲気の試合を最後に明るくした。

1967年7月12日対巨人戦、初回から先発佐藤進が一死も取れずKOされ、3回表にも高倉照幸の2ラン本塁打で0対4と劣勢に立たされたが4回裏に2点を返し、7回裏にも巨人2番手渡辺秀武の悪送球、矢ノ浦国満のタイムリー二塁打で同点に追いついた。しかし8回表サンケイ4番手村田元一が王貞治に勝ち越しソロ本塁打を浴び万事休すかと思われたが、9回裏二死1,2塁で巨人3番手中村稔から豊田が左中間へ逆転サヨナラ3ラン本塁打。この一発で7対5と勝利し、この年対巨人戦での連敗を11でストップ。村田は3年ぶりの巨人戦勝利となった。
讀賣新聞紙上で豊田は「4月23日に中村から本塁打したとき”トヨさんみたいなポンコツに打たれたんだからオレもだめだ”と中村に笑われたんだ。だからきょうはお返しさ」と語っていた。

1953~1959年の一覧は、こちらで
豊田泰光、全本塁打一覧(前編・1953~1959)

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豊田泰光、チーム別&球場別本塁打数

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豊田泰光、投手別本塁打数

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