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2016年8月14日に豊田泰光氏が亡くなられました。2014年5月3日に取り上げたものに加筆して上げています。ご冥福をお祈りします。


コラム"オレが許さん!"を週刊ベースボール誌上で、"チェンジアップ"を日本経済新聞紙上でそれぞれ昨年まで書かれていた豊田泰光の本塁打を見てみます。
NPB屈指の攻撃型遊撃手であった、豊田泰光全本塁打一覧を2回に分けてお送りします。
今回から何回かに分けて載せる、本数の多い選手は一覧から先に見ていただく事にしてみました。

1953年から59年まで。
※ダブル欄の①、②は第一、第二試合で同一カード・先攻・後攻も同じ通常のダブルヘッダー、△1、△2は第一、第二試合で対戦カードが違うまたは、同一カードで先攻・後攻が違うことでの変則ダブルヘッダー。
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第一号は阪急・柴田英治からプロ入り6打席目でのソロ本塁打。この時の試合は、2回裏に豊田の本塁打などで3点を加え4対1とリードしたが、その後戸倉勝城の2本の本塁打等で同点になり延長戦へ、阪急は3番手佐藤平七、4番手R.ゲインズが、西鉄は2番手西村貞朗がそれぞれ好投し迎えた延長14回表、中谷演男が安打で出塁しすかさず二盗、そして次打者戸倉がタイムリー安打で勝ち越され4対5で敗れている。

1957年8月4日対大映戦ダブル第二試合、1回表大映に坂本文次郎のタイムリー安打で先制を許したが、その裏玉造陽二のタイムリー三塁打などで3点を加えて逆転。しかし2回表に投手の三浦方義にタイムリー二塁打を浴びるなどして追いつかれ、その後は三浦と西鉄2番手鵜狩道夫、7回から3番手稲尾和久が好投し、9回裏走者を1人置き豊田が左中間へのサヨナラ2ラン本塁打で5対3と勝利し、チームは第一試合に続いての連勝となった。

1960~1969年の一覧は、こちらで
豊田泰光、全本塁打一覧(後編・1960~1969、その他)

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豊田泰光、チーム別&球場別本塁打数

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