tabatomoたばともさんデータ


客層が全く違うので、当サイトの読者で「週刊ポスト」を読んでおられる方はほとんどいないと思うが、最新号で「もしもプロ野球選手が〇〇だったら」という企画記事が載る。私もお手伝いした。その中に「金田正一がMLBに行ったら」というのがあった。
いろいろ根拠を見つけて数字をひねり出した。

金田は国鉄時代、先発と救援をかけ持ちしていた。1950年当時であってもMLBではそれは考えられないので、先発の数字だけにして、勝利数を割り出した。
またいろんな要素も加味した。詳細はポストをお読みいただきたいが、232勝と言う数字が出た。
これをポストの記者が金やんに見せたところ、大層不満気だったと言う。
また、当時は「サイ・ヤング賞はなかった」と話したところ、「何を言うとるか、マサイチ・カネダ賞ができるぞ」と言ったとのこと。80歳になってますます意気盛んだ。

さて、金田正一の先発、救援での勝利数を見てみよう。例によってたばともさんのデータによるが、1956年以前はわからないことが多い。
そういう空白はあるが、見ていただきたい。

先発

Kaneyan-SP


凄まじい数字だ。先発だけで300回を投げたシーズンが2度。国鉄時代はずっと200回以上投げている。
それでいながら、先発最多勝の年はない。

55年の318.1回はセリーグでトップだが、この年は大友工が26勝(261.1回)、長谷川良平が24勝(314回)。
投げても投げても勝ち星が付いて来ない、金田の悲哀が見えてくる。

救援

Kaneyan-RP


若い頃は金田は先発での起用が多かった。しかし55年頃から救援登板が増えていく。
56年の金田は救援で12勝、29SPとリーグ最多。
金田の救援は、3回前後のロングリリーフが主だった。
また勝ち星が多かった。ポイントになる場面での登板が多かったのだ。
巨人に移籍してからはワンポイント的な登板も多くなった。



結局、400勝のうち268勝が先発、132勝が救援。
大げさでなく、二人分の投手の役割をになったと言えるだろう。



私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!





『「記憶」より「記録」に残る男 長嶋茂雄 』上梓しました。







「読む野球-9回勝負- NO.2」私も書いております。





広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。