tabatomoたばともさんデータ

自責点はわからないが、こうして先発、救援で見て行くと昭和30年、58年前の野球の姿が浮かび上がってくる。

1955-CL-P

巨人、南海時代は先発投手が多かった別所だが、キャリア後半に差し掛かって、救援投手の比率が増えているのが見て取れる。

先発陣の柱は、大友である。

 

中日、杉下が昔の大投手のスタイルで先発、救援で大車輪の活躍。服部受弘は、投手としてはこの年が最終年である。




阪神、先発、救援がざっくりと分化している。しかし救援投手の比率が大きい。一発屋の西村一孔は、救援投手として活躍したのだ。

 

広島、長谷川良平の先発24勝は偉大である。先発、救援でチームの勝ち星の半分を稼いでいる。

 

国鉄、55年から64年まで、金田はずっとこんな感じだった。偉大としか言いようがない。「天皇」という呼称は、この文句なしの実績から生まれたのだ。

 

大洋、江田貢一は後の江田孝。戦前から投げている息の長い投手だ。新人から2年連続で二けた勝利をした権藤正利は、極端に負けが込んでいる。

 


 


私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!


『「記憶」より「記録」に残る男 長嶋茂雄 』上梓しました。


「読む野球-9回勝負- NO.2」私も書いております。



広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。