ホークスはかなり早くから外国人選手を起用してきた。しかし、巨人と比べても活躍した選手は少なかった。

 

500打席以上の打者+話題性のある打者。日系アメリカ人も含む。安打順。

日系人には半田治夫のほかに上田良夫、古谷譲、藤重登がいたが、めぼしい数字は残していない。

 

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野村と中軸を組んだケント・ハドリがトップ。「ケンちゃん」と呼ばれ、日本社会によく溶け込んだ。アメリカに帰国するときは空港で涙ぐんだという。貧打の時代のパリーグではよくやった方だろう。
 

バルデス、ズレータは最近の選手。クラレンス・ジョーンズは南海をクビになって近鉄に移籍して2度本塁打王。南海を痛めつけた選手である。


カルロス・メイは強打者リー・メイの弟。本人も
MLB90本塁打。78年、同時に来日したボビー・トーランはMLBの盗塁王でもあり、大いに期待した。仲良く球場入りするのを何度か見かけたが、どちらも期待通りとはいかなかった。


ブレイザーは二塁手として活躍したが、どちらかと言えば、指導者として野村野球を完成させた功績が大きい。すでに故人。

 

バナザードは小柄だがアグレッシブな守備で沸かせた。打席でもバットをピッピッと震わせながら鋭い打球を飛ばした。南海最末期からダイエー初期の選手だ。

 



以下の選手で記憶に新しいのは三冠王ブーマー。92年、オリックスを退団してダイエーに移籍。この年は打点王を獲得したのだが、次年度の契約は成らなかった。私はこの選手は殿堂入りする価値があると思う。

 

ゲール・ホプキンスは広島からの移籍。75年優勝の立役者の一人。石になる勉強をしていると聞いていたので、ベンチでも本を読んでいるのか注視したことがある。確認できなかったが。

キーオの息子は85年優勝時に阪神で活躍したマット・キーオ。

ライオンズで活躍したビュフォードも1年だけ南海でプレーしていた。

 

 


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