tabatomoたばともさんデータ

この年、セリーグが1試合当たり1.80人の救援投手を使ったのに対し、パリーグは1.08人。救援投手の使い方では大きな差異があった。

1976-PL

阪急は足立、山田の下手投げエースが奮迅の働き。以下4人までが規定投球回数。救援投手は山口の16試合が最多。昔に逆戻りしたような感があった。

南海は江夏が移籍し、大いに期待されたが、先発としては6勝しかできず。6月に救援投手を掛け持ちするようになり、16試合で9セーブ。これが本格的なクローザー転向の嚆矢となった。
翌年には佐藤道が先発に転向し、江夏が救援に回るのだ。

ロッテは村田がエース、成田、八木沢がこれに続いたが、先発陣は弱かった。救援では倉持が台頭しているが、起用法は明確ではなかった。

近鉄は鈴木が255.1回を先発で投げて大エース復活。救援には前年、太平洋から移った芝池、柳田(芝池は復帰)に新人の高木孝治が多く起用されたが、全体としては低調だった。

日本ハムは、高橋直、野村収、高橋一の3本柱。救援の活用は積極的で、村上、新美、小坂、三浦、皆川らが起用された。先発と救援の掛け持ちは比較的少なかった。

太平洋は二けた勝利なし。先発投手を実に13人も使っている。チームの混乱ぶりがうかがえる。ただ救援で永射保と言う個性的な左腕が登場した点が注目される。


広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。


私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください! ↓