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江川卓の「空白の一日」騒動による最大の被害者となった小林繁。阪神移籍年の登板記録。




前年13勝していたエースの小林は、74年1月31日、翌日の宮崎キャンプに向かうために羽田空港にいた。しかしそこから呼び戻されて、江川卓とのトレードを申し渡される。 2月10日に小林は大阪市内で記者会見を開き、正式に阪神の一員となった。

1974年の登板記録。

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やはりこの年は巨人戦の9戦8勝。虎ファンの私としては、巨人相手にこれだけ勝てる投手がいるというのは、頼もしく思えました。

小林が引退するまで、阪神の投手陣はまともに計算できる投手が小林だけだと思ったものです。工藤、伊藤あたりが小林くらいにならないかなあと。この年巨人戦に強かった反面、大洋戦は苦手だったようです。(1勝4敗)

球団別の対戦成績

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小林は、当時の阪神監督、ドン・ブレイザーに、巨人戦に合わせてローテーションを組むように頼んでいたという。

巨人戦は登板数ではヤクルト戦に次ぐが、投球回数では1位。8勝負けなしだった。本塁打は張本、山本、吉田(2本)、シピンの5本打たれているが、とにかく負けなかった。 阪神はこの年4位だったが、巨人も5位に沈んだ。

小林の快投は、後味の良くない感じもしたが、野球ファンには大ショックだった春先の不祥事を考えると、溜飲が下がる思いもした。

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