王貞治は早稲田実業から4回甲子園に出場している。投手として選抜では優勝。巨人入団時には有名選手になっていた。 ⇒王貞治
新聞縮刷版を当たっていたのだが、『ON記録の世界』を見たらまとめて載っていた。がっくりきた。
そこで、その記録に、当時の対戦校のメンバーで、のちにプロ入りした選手もわかる限り加えた。

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1年では二番手投手兼外野手として夏の甲子園に出場し、2回戦では先発したが、県岐阜商に敗れ負け投手になっている。県岐阜商には1年後、高木守道が入団している。2年先輩で徳武定之、醍醐猛夫がいた。

王が注目されたのは2年生の時だ。選抜で4試合すべてに完投し、優勝投手になっている。
そして夏は、2回戦で寝屋川高校を相手に延長11回をノーヒットノーラン。延長でのノーヒッターは唯一の記録だ。しかし、次の法政二高戦で敗退。

3年生の選抜には出場したものの投手としては2回戦で濟々黌高に5点を奪われて敗退した。しかし2試合とも本塁打を放ち、打者として注目された。
夏は明治高校に東京大会決勝で敗れ、甲子園出場はならなかった。

高校時代の対戦チームに、のちのチームメイトが3人もいる。

巨人では入団直後に一塁手に転向している。 投手としての王貞治は高校2年がピークだったようだ。それが記録にもくっきりと表れている。

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