南海ホークスの選手をご紹介していく。地味な選手も多いが、できるだけ多く紹介したい。名捕手を輩出したチームにふさわしく、1人目は捕手。
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【キャリア】
和歌山県出身。海南中学から慶應大学を経て1938年創設時の南海に入団。1939年退団。

【タイトル、それに準ずる記録】
・打撃10傑入り0・OPS.900以上0 ・RC100以上0 規定打席以上1シーズン

【論評】
この選手の詳細なキャリアは未詳だが、1938年8月27日、後楽園で行われた南海の球団史上第1戦(巨人戦)に、8番捕手で先発している。この時26歳。強肩で鳴らした捕手のようだ。選球眼も良いようだ。
1939年5月6日、甲子園で行われた阪急戦ダブルヘッダーの第2戦でも7番捕手で先発しているが、この試合は先発宮口美吉、平野正太郎が阪急をノーヒットに抑えながら失策、犠牲フライなどで1-2で敗戦。NPB史上初の「ノーヒットありラン」の時の捕手として記憶される。1939年には東西対抗に出場している。
戦没野球人には含まれていない。その後については未詳。

syokuyakyu様

中田道信のプロでのキャリアのハイライトは昭和14年9月11日のセネタース戦で苅田久徳の盗塁を二つ刺した試合ではないでしょうか。この試合は1対0で南海が勝利しています。

3回二死後四球で出塁した苅田の二盗を刺し、6回先頭打者として四球で出塁した苅田の二盗を再び刺しています。両チーム4安打ずつの投手戦でしたから貢献度大です。

鶴岡一人の自伝「御堂筋の凱歌」によると南海ホークスの名前は昭和22年6月1日からとのことです。「チーム名を変えるとともに、チーム・カラーをグリーンに決めた。常に緑のごとく若く、生き生きとあれ、という希望をこめたものだが、これまた巨人は黒、タイガースは黄を基調としているので、南海は緑でいこうということになったものであった。」とのことです。


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