この選手を「記録ではなく記憶に残る男」と評する向きが多いが、とびきりの「記録男」ではないかと思う。

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⇒立教大学時代の長嶋茂雄

⇒長嶋茂雄の守備成績




【キャリア】

千葉県佐倉市出身。佐倉高校時代は投手、甲子園経験はなし。立教大学時代に頭角を現し、58年巨人に入団。74年引退。巨人監督(75~80)、解説者、巨人監督(92~01)を経て終身名誉監督。

【タイトル、それに準ずる記録】

●首位打者6 ●本塁打王2 ●打点王5 ○最多安打10 ○最多二塁打3 ○最多三塁打1

○最多四球2 ○最多得点2 ・打撃10傑入り13 ・OPS.900以上10 ・RC100以上9 規定打席以上17シーズン

MVP5 新人王 ベストナイン17 オールスター出場17 ゴールドグラブ2

【論評】

入団から引退まで、長嶋茂雄は常にフットライトを浴び続けた。その上で、これだけのSTATSを残した。大学出選手として長嶋茂雄を上回る成績を積み上げた選手は永らく出なかったが、金本と小久保が量的には迫りつつある。

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しかし、長嶋茂雄がわずか17年でこれらの記録を達成したことを考えるとき、質的には迫る選手はいないといえよう。
また入団から引退まで、規定打席に達し、ベストナイン、オールスターに選ばれ続けた選手も皆無だ。実力に人気を加味すればNPBが生んだ最高の打者と言っても過言ではない。

しかしどうしても「人気先行型」のように見られてしまうのは、言うまでもなく同時期に王貞治がいたためである。本塁打で破天荒な記録を残した王があまりにも強烈過ぎたので、長嶋の影が薄くなったのだ。当時大相撲は横綱大鵬、柏戸の「柏鵬時代」だったが、王貞治は大鵬に、長嶋茂雄は柏戸に擬せられることが多かった。しかし優勝32回の大鵬と同5回の柏戸ほどの差があったわけではない。

王貞治が一本足打法を編み出し本格的に打ち出す63年までは、まさに長嶋の天下。6シーズン18の打撃タイトルの内、8つを獲得している。また、俊足でもあり、デビューから3年で89盗塁を記録している。

偉大だと思うのは、王貞治の全盛期の68年から3年連続で打点王を獲得したことだ。32歳~34歳。当時としては選手生活晩年に差し掛かった時期だったが、4歳下の王貞治が一振りで打点を稼ぐ中で、長嶋は好機に安打を重ねた。この3年間、王は140本塁打315打点、長嶋は93本塁打だったが345打点を叩きだしている。強大なライバルに対し、果敢に挑んだのだ。通算の得点圏打率は、2036打数640安打の.314。

最後のタイトルは71年の首位打者。以後の3年間は衰えが目立ち、38歳のシーズンで引退。レギュラーにこだわらなければ、なお数年の現役は可能だったろう。そうなれば2500本安打に最初に到達した打者になるはずだった。しかし、記録に固執し、試合に出続けることは長嶋茂雄に限ってはあり得なかった。不世出の選手だったと思う。

監督としての成績は評価が分かれるところだろう。いつもリーグ屈指の戦力を預けられての数字だからだ。

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引退から38年が経過。長嶋茂雄も“後期高齢者”になった。
野球史を改めて振り返ると、プロ野球史は「長嶋茂雄以前」と「以後」に分けられることが解る。長嶋が登場し、59年6月25日に天覧試合でサヨナラ本塁打を打った瞬間に、プロ野球は「ナショナルパスタイム」になったのだ。以後、プロ野球はそれまでのライバルだった大学野球や、甲子園、大相撲も手が届かない、日本最大の娯楽へと成長したのだ。

それを考えると、プロ野球史上最大の人物は長嶋茂雄だと断言できるのではないか。

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